人と話したあと、
「嫌なことがあったわけじゃないのに、どっと疲れる」
そんな感覚になることがあります。
相手は普通だった。
会話も穏やかだった。
それでも、家に帰ると動けなくなる。
理由がわからないまま、
「気にしすぎなのかな」
「私が弱いのかな」
そう考えてきました。
フィルターが、ずっと動いている感覚
あるとき、自分の内側で起きていることを、
空気清浄機のフィルターに例えてみたら、
少しだけ腑に落ちました。
誰かと話しているあいだ、
私の中では、ずっと何かが動いています。
相手の表情。
言葉の選び方。
声のトーンや、間の取り方。
それらをそのまま受け取るのではなく、
一度、自分の中でろ過して、
「安全な形」に整えてから外へ返している。
無意識の作業です。
自覚がないまま、ずっと稼働している。
どれくらいエネルギーを使っているのか
その「ろ過」に、
どれほどのエネルギーを使っているのか。
正直、自分でもよくわかりません。
会話の最中は普通に話せる。
笑顔も出る。
相手からは、
「話しやすい人」に見えていると思います。
でも帰宅して、
ようやく一人の空気に包まれたとき、
フィルターに溜まっていた
外からのノイズの重さに、気づきます。
私に必要なのは「考える時間」ではなかった
疲れた理由を分析するよりも、
前向きに捉え直すよりも、
必要だったのは、もっと単純なことでした。
フィルターを丸洗いする時間。
何も吸い込まず、
何も吐き出さない。
誰かの空気を読まない。
自分の反応も調整しない。
ただ、静かに戻る時間。
システムを止めないために
この時間が取れないままだと、
私のシステムは、
ある日突然壊れるのではなく、
静かに止まってしまう気がします。
「今日はフィルターが目詰まりしているだけ」
そう思って、休む選択をする日があってもいい。
だからこそ、私はブログというこの静かな場所で、
誰のフィルターも通さない「自分の言葉」を、
一歩ずつ積み上げていきたいと思うのです。
🍃これが正しい答えかは分かりません。
でも、こうして自分の心の中を構造にして整理してみることで、
私は少しだけ楽になれました。
解決策を提示するような立派な記事ではありませんが、
誰かの心に静かに寄り添える場所になればと思っています。


