HSS型HSPの飽き性を、欠点だと決めずに見直してみた3つの視点

「また飽きてしまった」
「どうして私は、ひとつのことを続けられないんだろう」

これまで何度も、そんなふうに自分を振り返ってきました。

私はHSS型HSPと呼ばれる気質について知ったことで、
自分の「飽きっぽさ」や「疲れやすさ」に、
いったん説明がついたような気がした時期があります。

でも、書いたり考えたりする時間が増えるにつれて、
その説明が、少しずつ窮屈に感じられるようにもなりました。

気質は、たぶん変わりません。
ただ、その扱い方は、毎回同じでなくてもいいのかもしれない。

今は、そんなところに立っています。

※この記事は、専門家としての見解ではなく、HSS型HSPとされる気質をもつ私自身の感じ方や経験をもとに書いています。ひとつの視点として読んでもらえたらうれしいです。


1. 「飽き性」は、変化に気づくのが早かっただけかもしれない

「飽き性」という言葉には、
どこか「根気がない」「続かない」といった印象がついて回ります。

でも振り返ってみると、
私の場合は「もう合わなくなっている」ことに、
早めに気づいていただけだったのかもしれません。

同じ場所に長くいると、
小さな違和感が少しずつ積もってくる。

それを、
見なかったことにできなかった。

結果として、
移動が多くなっただけ。
方向転換が多くなっただけ。

続かなかった、というより、
そこで立ち止まった回数が多かった。

今は、そんなふうにも思っています。


2. 疲れやすさは、ちゃんと向き合ったあとに残る

好奇心のままに動いて、
気づいたら、どっと疲れている。

以前は、
「また無理をしたな」
「同じことを繰り返しているな」
そんなふうに思っていました。

でも、よく考えてみると、
強く疲れているときは、決まって、
何かときちんと向き合ったあとでした。

中途半端に流した日は、
それほど疲れない。

一方で、
考えて、感じて、
自分なりに受け取ろうとした日は、
体のほうが先に止まってしまう。

疲れやすいのは、
深く関わろうとした結果だったのかもしれません。


3. 後悔が多いのは、雑に決めていないから

動いたあとに、
「あれでよかったのかな」
「別の選択もあったかもしれない」

そんなふうに考え込んでしまうことも、
これまで何度もありました。

後悔の多さも、
ずっと短所だと思っていた部分です。

でも振り返ってみると、
その時間は、自分を責めているというより、
もう一度整理し直している時間だったように思います。

どこを変えるか。
どこは変えなくていいか。

失敗をなかったことにせず、
一度立ち止まって考えている。

それは、
雑に決めて、雑に忘れられない性分だっただけなのかもしれません。


おわりに:欠点だと決めなくていい

「私はこういう気質だから、こうなる」

そう言い切ってしまうと、
少し楽になる反面、
身動きが取りづらくなることもあります。

気質は、たぶん変わりません。
飽き性も、疲れやすさも、後悔の多さも、
これからも続くと思います。

ただ、
それを毎回「欠点」として扱わなくてもいい。
そう思える日があってもいい。

今日は、
「また飽きたな」と思ったところで、
そこで止めてみる日。

「切り替えが早かっただけかもしれない」と、
少し距離を置いて眺めてみる日。

長所と呼ぶ必要もなく、
無理に意味づけしなくてもいい。

ただ、
そういう傾向をもった自分がいる、
という事実だけを置いてみる。

今は、そんな途中にいます。

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