何かを始めるたび、
私はだいたい同じところで立ち止まります。
始めたばかりなのに、
もう頭の中では
「このまま続けて意味あるのかな」
「結果が出なかったらどうしよう」
そんな声が動き出してしまうんですよね。
ブログも、仕事も、だいたいそうでした。
スタートの一歩は踏み出せるのに、
少し進んだところで、急に足が重くなる感じ。
なぜ、私はいつもここで止まってしまうんだろう
正直に言うと、
私は「ダメかも」と思った瞬間に、
頑張るより先に手放してしまうタイプでした。
同じテーマの記事がたくさん並んでいるのを見ると、
「あ、もう無理かも」
そんなふうに気持ちが引いてしまう。
何年も続けている人を見るたびに、
「この人は根性があるんだろうな」
「私とは違うんだろうな」
そうやって、勝手に比べて、勝手に落ち込んでいました。
私を苦しめていたのは「不安」じゃなかった
あるとき、夫に
「期待しすぎなんじゃない?」
そう言われたことがあります。
その一言が、
あとからじわっと効いてきました。
私はずっと、
「続ければ報われるはず」
「頑張れば結果が出るはず」
そんな未来を、無意識に前提にしていたんですよね。
でも現実って、
結果が出ない時間のほうが圧倒的に長い。
その“何も起きない期間”を、
「向いてないサイン」だと受け取っていたから、
不安が一気に大きくなっていたみたいです。
続けられなかったのは、
意志が弱かったからじゃなくて、
しんどい時期を最初から想定していなかっただけ。
ここに気づいたとき、
少し肩の力が抜けました。
「期待」を目的にしない、という選択
今は、不安が出てきたとき、
こんなふうに考えるようにしています。
「今日は、結果を出す日じゃなくていい」
「今日は、様子を見る日でもいい」
報われることを目的にする代わりに、
「今の自分はどこで引っかかるのか」
それを確認する日にする。
完璧な環境を期待する代わりに、
「この条件で、私はどう感じるか」
それを観察する日にする。
目的を
“成果”から“プロセスの確認”に変えただけで、
続けることのハードルが、少し下がりました。
不安な時間があっても、続いていく
もちろん、
今でも不安になる日はあります。
「このままでいいのかな」
「ずっとこの状態だったらどうしよう」
そんな気持ちが、ふと顔を出す日もあります。
ただ以前のように、
その不安に全部持っていかれることは、少なくなりました。
「あ、今はそういう時期なんだな」
そう眺められるようになった気がしています。
続く人と、続かない人の違いって、
才能や根性というより、
不安な時間とどう付き合っているか、
そこなのかもしれません。
もし今、 続けられない自分を責めているなら、
一度だけ、その「期待の重さ」をそっと下ろしてみませんか。
「私は、ちょっと期待しすぎていただけかも」
そう気づけたところで、
今日は、そこで立ち止まってもいい。
今はただ、心に少し余白をつくる時間が
あってもいい気がしています。



コメント