こんにちは、こころ香です。
思い立った瞬間だけ、
自分の中に強い追い風が吹く日があります。
根拠があるような、ないような……
でも、
「私、できる気がする」
そんな万能感みたいなものが、胸いっぱいに広がる瞬間があって。
※ここで書いていることは、専門的な知識ではなく、HSS型HSPとしての私の視点です。
ひとつの感じ方として、気楽に読んでもらえたらうれしいです。
「いける気がする」という、一瞬の追い風
たとえば、学生時代の学級委員を決める時間。
当時を振り返ると、
クラスを見渡しながら様子をうかがいつつ手を挙げる子や、
目立たないように……と息を潜めていた子も、
いたような気がします。
でも、その日の私は、
気持ちだけが妙に軽やかで。
衝動的に、
「いけそうだな」という感覚が先に立って、
気づいたら手を挙げていました。
その瞬間は、
根拠のない自信と高揚感が混ざったまま、
深く考える余裕もなく、
ただ前に出てしまった、そんな感じでした。
現実に戻った途端、ぷくっと湧いてくる不安
しかし、いざ学級委員に決まった途端、
あんなに勢いよく燃えていた炎が、
すーっと落ち着きはじめるんです。
すると今度は、
カレーの表面がぷくっとなるみたいに、
不安が静かにポコポコ浮かんでくる。
「あれ、こんなに大変だったっけ?」
「私、本当にやり遂げられるのかな……」
さっきまであんなに明るかった視界が、
急に「現実の重さ」に塗り替えられていく。
これは、自信がないわけではなく、
「勢いのスイッチ」と「慎重なスイッチ」の両方が、
入れ替わったからと思っています。
「ひらめきの光」が先で、「現実の影」はあとから来る
今思えば、
まわりの様子を見てから
ゆっくり手を挙げる子もいました。
私はというと、
考える前に気持ちが前に出てしまって、
あとから状況が見えてくる。
そんな順番で、
心が動いていたような気がするのです。
どちらが正しいとか、間違っているとかではなくて、
ただ「心の動き出す順番」が違うだけなんですよね。
「前に出た私」と「立ち止まる私」を、同じ場所に
勢いで決めてしまう自分を、
ダメだなと思っていた時もありました。
でも最近は、
少し見方が変わってきています。
勢いが出たということは、
あの瞬間、
自分の未来に小さな可能性を感じたというサイン。
そして、後から不安が出てくるのも
自分が誠実であろうとしている証拠です。
だから今は、
「前に出た私」と「立ち止まろうとする私」のどちらも
無理に分けずに、同じ場所に座らせてあげるようにしています。
・勢いは、「やってみたい」という希望の現れ。
・不安は、「丁寧に進めたい」という責任感の現れ。
この2つは矛盾しているようで、
実は並んで存在しているだけ。
「私の心の動く順番には、ちょっとしたクセがあるんだな」
そんなふうに、自分のリズムを眺められる日があってもいいのかな、
と思っています。



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