最近のニュースを目にするたび、心がざわつくことがあります。
今はまだ、家族みんなで一緒に暮らしているけれど、
いつかは訪れるかもしれない――
グループホームに預け、親から離れて暮らすかもしれない日。
その「見えない世界」への不安。
そして、出来事を言葉で伝えられない我が子の現実。
同じように、先の見えない未来に立ち止まってしまう方へ。
今日は、今の私の気持ちを、そのまま綴ってみようと思います。
今、私が出している「答え」
結論から言えば――
まだ、はっきりした答えは出ていません。
「預けるべきか」
「預けないべきか」
どちらが正しいのか、今も分からないままです。
夜、布団に入っても、頭だけが冴えていることがあります。
考えたくないのに、ふと浮かんでしまう。
ただ、一つだけ思っているのは、
将来のことは避けられないということ。
目を逸らしたくなる日もあるけれど、
それでも向き合い続けるしかない。
それが、今の私の立ち位置です。
心の中にある、三つの矛盾
預けることへの不安と、預けないことの限界。
どちらも同時に存在していて、
どちらかを選べば解決するわけでもありません。
施設の中で、何が起きているのか分からない怖さ。
本人が「嫌だった」「つらかった」と伝えられない現実。
もし何かあっても、
気づけないままになってしまうかもしれない。
そんな想像をすると、
息が詰まるような気持ちになります。
じゃあ、ずっと家で見ていればいいのか。
そう思う反面、親も年を重ねていきます。
体力も、気力も、少しずつ落ちていく。
「してあげたいのに、できなくなる日」が
近づいていることも感じています。
それから、もし自分がいなくなったら――
きょうだいに負担をかけてしまうのではないか。
頼りたい気持ちと、頼れない気持ちが、
いつも心の中でせめぎ合っています。
「預けない」では、終わらない
「預けなければ、不安は減る」。
たしかに、それも一つの選択です。
でも、それが永遠に続くわけではないことも、
分かっています。
今は何とかできていても、
10年後、20年後はどうだろう。
そう考えると、
答えの出ない問いばかりが浮かんできます。
私の理想と、動かせない現実
我が子を看取ってから、
追いかけるように旅立つ。
それが、私の理想です。
ただ、人生はそんなに都合よく進まないことも、
もう十分わかっています。
「今、一緒にいられる日常を、穏やかに暮らしたい」――
それは本当です。
でも、それを”先送りの理由”にしてはいけないことも、
どこかで感じています。
おわりに
今は、我が子との穏やかな毎日を、
何より大切にしたい。
それが、今のいちばんの願いです。
でも、それだけでは済まない未来が、
確実にやってきます。
揺れながら、悩みながら、
完璧な答えがないまま、それでも。
この子と一緒に、
迷いながら、一日ずつ進んでいこうと思います。
きれいごとでは済まない現実も、抱えながら。


