ママ友の輪を見て、なぜかざわつく。22年後に気づいた「投影」という感覚の話

22年後に気づいた「投影」という感覚の話

幼稚園の門の前で、
ママさんたちが輪になって笑っている。

そんな何気ない光景を見たとき、
胸の奥がざわっとする日があります。

「私は冷めているのかな」
「どうして普通に混ざれないんだろう」

かつて、そんなふうに
自分を責めていたことがありました。

子どもが成人した今、
ようやく気づいたことがあります。
あの「ザワつき」は、
最近始まったものではなかったのかもしれない、ということです。

 

その「ザワつき」は、最近始まったことじゃなかった

思い返してみると、
小学校、中学校、高校。

私は昔から、
女子特有の「グループでつるむ」あの空気が、
どうしても苦手でした。

学校という逃げ場のない集団の中で、
孤立を避けるために、
仕方なく輪の中に身を置いていた気がします。

本当は、
1対1で向き合うほうが、ずっと楽なのに。

輪の中で笑いながら、
心のどこかでは、
いつも出口を探していました。

今、ママ友の輪を見て感じる違和感は、
あの頃の自分が、
まだそこに立っていて、
必死に適応しようとしている姿を
重ねて見ているからなのかもしれません。

 

「鼻をつまんで息を止めていた」1年間の役員生活

大人になって、親になってからも、
集団に属さなければならない場面は
やってきます。

子どもの役員を引き受けた、あの1年間。
役員会に出席する時間は、
私にとって
「鼻をつまんで息を止めている」ような感覚でした。

表面上は、普通に話を聞いて、
それなりに受け答えもしているのに、
ずっと息苦しい。

そして、建物を出た瞬間。

「ぷはっ」

思いきり息が吸えた、
あの解放感だけは、
今でもはっきり覚えています。

 

「友達がいない」という、今の私に合った距離

今の私には、
特定のママ友グループはありません。

いわゆる「ママ友」と呼べる存在も、
特にいないままです。

「友達がいない」と聞くと、
少し淋しく感じる人もいるかもしれません。

でも、私の場合は、
それが孤独感につながっている感じは
あまりなくて。

家には家族がいて、
それぞれが自分の時間を過ごしています。

「独りではない」という、
静かな安心感。

この距離感が、
今の私には、いちばん落ち着くみたいです。

 

かつての私に、声をかけるとしたら

もし、あの頃の私に
声をかけられるとしたら、
こう伝えたいです。

無理に合わせようとしていたのは、
間違いじゃなかったよ。
あの環境では、
そうするしかなかったんだと思う。

そして今は、
あの頃とは少し違って、
距離の取り方を
自分で選べる場所に来ている気がしています。

もう、
あの場面に
自分を重ねなくてもいい。

行事ですれ違ったときに、
やわらかく挨拶を交わす。
それだけで、
十分すぎる関係もあるのだと、
今は思っています。

※ここで書いていることは、専門的な知識ではなく、
HSS型HSPとしての私の視点です。
ひとつの感じ方として、
あなたの中で何かが少し緩むきっかけになればうれしいです。

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